「イッサーリスからたどる「ロシア音楽」」が行われました。

8/25 関連企画である 街なかトークカフェ「イッサーリスからたどる「ロシア音楽」」が行われました!

東欧音楽の専門家、伊東信宏先生(大阪大学大学院教授)を講師に迎え、午後の光あふれる広々とした音楽堂ホワイエで、映像や音源、質問コーナーをはさみながら、9/17のスティーヴン・イッサーリスのリサイタルのプログラムを中心に興味深いお話が聴けました。

といっても著書「東欧音楽夜話」(音楽之友社刊)などでスティーヴンの祖父ユリウスに一章をさいているような伊東先生のこと。
よく知られるショスタコーヴィチやラフマニノフ、プロコフィエフはさておき、日本で他にここまで詳しく語れる人はほかにいないであろうというくらい、モルドヴァに生まれ神童としてモスクワ音楽院へ、ピアニストとしてアメリカで成功するも革命、ウィーンへの亡命、さらにナチスのオーストリア侵攻をうけてロンドンへ亡命…と、講座のかなりの部分が、ユリウスの人生と音楽を詳しくたどる、というユニークな講座に。

スクリャービンの「24の前奏曲集」から、同じ曲をスクリャービンの後継者とされるソフロニツキーによる演奏、ホロヴィッツによる演奏、ユリウスによる演奏で聴き比べる場面もあり、内省的で味わい深い、どこか切ないまでの郷愁をも感じさせるユリウスの音楽の一端、幼少期にスティーヴンの音楽を形成したであろう環境の一端もうかがえました。

さらには伊東先生ご自身が、(なんとモルドヴァ出身のヴァイオリニスト、あのコパチンスカヤといっしょに!)モルドヴァを訪ねた時の写真!現地での民族音楽振興のようすなどの貴重なお話も…。

ユリウスの人生を通して、いまロシアから侵攻を受けているウクライナやすぐ隣のモルドヴァ、ルーマニア、ポーランドからリトアニアなどにいたる複雑にいりくんだ地理と歴史、
そして当時ロシアの中でも居住地域が制限され、音楽院への入学のための移動にも特別な制限がいったユダヤ人の境遇、
社会的に活躍する数少ない選択肢のひとつとして、当時のユダヤ人の人たちが音楽にとりくんだこと、
タネーエフ、サフォーノフ、スクリャービン、ラフマニノフといったロシアの偉大な音楽家たちの相互の関係
などがうきあがり、
一言で「ロシア音楽」といっても(たとえばプロコフィエフも実際にはウクライナ出身であったように)多様でとても複雑、その経脈は豊かであること、スティーヴンにとって「ロシア音楽」は決して他者のものではなく内なるものであること、
などが伝わってきました。

 

参加者からの質問やアンケートでは

●モルドヴァ~ウクライナ~ポーランド、そしてロシアという地域、国について初めてこんなに知ったし考える機会になった。
●ひとことで「ロシア」といってもとても複雑であるということがよくわかった。
●イッサーリスにつながる背景、系譜がよくわかった。

といった声が寄せられ、9/17のリサイタルへの期待が高まりました。

 

「ロシア音楽」をテーマにした9/17(土)スティーヴン・イッサーリス チェロ・リサイタル 詳細はこちらから!

講座内でも紹介された、スティーヴンによる「ラフマニノフ:チェロ・ソナタ」のマスタークラスの光景(イギリス・コーンウォールのプロシャ・コーヴ音楽祭の映像から)

 

スティーヴンの祖父ユリウス

 

クルレンツィス指揮ムジカ・エテルナとショスタコーヴィチの協奏曲を演奏するイッサーリスの映像を見ながら

 

ユリウスの楽曲のCDを手に語る伊東信宏先生

2022-23 音楽堂ヘリテージ・コンサート

神奈川県立音楽堂は、1954年に日本初の本格的な公立音楽ホールとして開館し、モダニズム建築の巨匠、前川國男の傑作といわれる建物と、「木のホール」の美しい音響ともに愛されてきました。開館当初の「特別演奏会」から2000年代にスタートした「ヴィルトゥオーゾ・シリーズ」まで様々なコンサートシリーズに世界的名手たちが名演奏を残し、2021年神奈川県指定重要文化財に指定されました。時をおうごとに「リビング・ヘリテージ(生きた遺産)」としてその存在感はますます増しています。「音楽堂ヘリテージ・コンサート」はその脈々たる流れをくみ、名手たちによる音楽の真髄をお届けします。未来へ継承すべき人類の至宝(ヘリテージ)といえる名演奏の輝きをお楽しみください。